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ヨコハマアートサイトラウンジvol.31
寿町からみる人と社会

今年度のヨコハマアートサイトラウンジは、コロナ禍への対応として、収録したものを公開するかたちをとっています。

アートサイトラウンジvol.31「寿町からみる人と社会」

収録日時|
10月22日(金)

ゲスト|
花崎攝(シアタープラクティショナー、ことぶき「てがみ」プロジェクト実行委員会
横山千晶(慶應義塾大学教授、居場所「カドベヤで過ごす火曜日」運営委員会 代表)

進行/小川智紀

花崎攝 シアタープラクティショナー、ことぶき「てがみ」プロジェクト実行委員会
劇団黒テントに在籍中にPETA(フィリピン教育演劇協会)などアジアの演劇人に出会い、現在は応用演劇の企画、進行、構成演出を中心に国内外で活動。主な仕事に、水俣病公式確認五十年事業「水俣ば生きて」構成演出(2006)。アチェ(インドネシア)の紛争被害にあった子どもたちのための演劇ワークショップ企画、進行(2007-2010)。コーディリエラ(フィリピン)の環境教育プロジェクト、Asia meets Asiaの活動など。ロンドン大学芸術学修士。武蔵野美術大学、日本大学、立教大学非常勤講師。演劇デザインギルド所属。
横山千晶 慶應義塾大学教授、居場所「カドベヤで過ごす火曜日」運営委員会 代表
福岡県北九州生まれ。もともとは大学生と寿地区の人々の出会いを目的として2010年に開設したこの「カドベヤ」だが、やがて多くの人たちを受け入れる場所となっていった。現在の目標は毎週火曜日にただ開けること。そして共に体を動かしたり、絵や歌などで何かを表現する(「ストレッチ」)、共に作るものを共に食べる(「ゆうめし」)、そして共に片付けて扉を閉めるという数時間を過ごす中で、見守り見守られる繰り返しを味わうことである。

 

横浜の寿町は、東京の山谷、大阪の釜ヶ崎に並ぶ日本三大簡易宿泊所集中地域の一つです。
この街で継続的に活動を行ってきたお二人をお招きし、寿町の現在、そして、そこから見えてくる社会の現状について、お話を伺い、居場所のあり方、アートから繋がるケアを考える意見交換の場となりました。

 

寿町から立ち上がる言葉をみつめて

――花崎さんの活動についてお聞かせください

花崎さん:私はもとは俳優の活動を行っていて、その中でアジアの演劇人と出会い、現在でいう応用演劇に出会いました。私が関わる応用演劇は、観客のためにプロが創り上げる舞台ではなく、ふだんは演劇に縁のない人でも、演劇を中心とした表現を通して、その人や場所にあるテーマや課題について考えるプロジェクトです。
ことぶき共同診療所を拠点として行っている、ことぶき「てがみ」プロジェクトは、診療所のデイケアの「表現」というプログラムで月に1回ほど行ってきた内容を拡張して、診療所の内部だけでなく、外の方にも見てもらえる機会を設けようと考え、実行委員会を立ち上げました。このプロジェクトの軸になるのは「てがみ」ですが、ワークショップでは、いきなり手紙を書くのではなく、おしゃべりをしながらいろんなことを思い出していくことからはじめます。そこから人でも動物でも物でも、場合によっては出来事でもよいので、何に向けて、どんな手紙を書くのか考えていきます。そうしてできた、いくつかの手紙を中心にテキストを構成し、デイケアの他のプログラムである音楽やダンスも取り入れながら、一つのパフォーマンスを創り上げています。

――横山さんの活動についてお聞かせください

横山さん:居場所「『カドベヤ』で過ごす火曜日」は寿地区から中村川を挟んだ反対側のところにあります。火曜日のカドベヤは寿地区の人たちのためだけではなく、誰にでも開かれています。来てくれた人にバックグラウンドを聞くこともありません。お互いが何者かに関わらず、人と過ごせる居場所になっています。行うことはとてもシンプルで毎週火曜日にこの場所で、ダンスや描画、朗読などいろんなワークショップをして、一緒にご飯を食べるというものです。この「一緒にごはんを食べる」ということはとても重要だといつも実感しています。けれども、ごはんを食べるだけでいいのかというと、そうでもないんです。コロナ禍でカドベヤでの活動を自粛していたときも、思うように食事がとれない方などに向け、ごはんだけのカドベヤを開いていましたが、参加者からは何か足りない、ワークショップがやりたいという声をよく聞きました。ワークショップがあるからこそ、そのあとのご飯の時間もより大きな意味をもっていたんだと気付いたのです。
私はふだん慶応義塾大学の法学部で英語を教えているのですが、身体性や精神性を含んださまざまな表現を相対的に言葉ととらえるようにしています。そういうこともあって2005年に大学の有志と「身体知」という視点から様々なクラスをとらえなおしてみました。文学や言語の授業に演劇やダンスなどの表現ツールを用いた取り組みを導入したのですが、同時にその取り組みの一環としてキャンパスの外に教室をおいて、学生が多くの人々と出会える場所を設けました。それが他の有志たちが立ち上げた「三田の家」や「芝の家」という交流の場所です。そのような先行事例を見ていた私は、今度は「ただそこに居続ける」ということを寿地区という場所で行いたいと考えるようになりました。居続けることで自分の存在を認めてもらえる場所です。まずは既に寿地区で活動を行っている団体に支援してもらいながら、この土地についてまず知った後、居場所を立ち上げました。それが現在の居場所としてのカドベヤになっていきます。

 

いなくなってしまった人をおもうために

―――寿地区における生と死について、お二人の経験や、思う事をお聞かせください。

花崎さん:私がプロジェクトで関わる人は精神的な疾患を抱えている方や生活が不安定な方が多く、人の死というものが身近にあるのが現実です。そのなかで、発表会からまもなくして亡くなった方もいました。発表会が引き金になったかどうかは、実際にはわかりません。けれども、何か出来たかもしれないという思いは常に付きまとっています。舞台に立って発表すると、高揚感や緊張感、非日常を体験することになります。それがその人にとって楽しい思い出になったとしても、そこから日常に戻ろうとするときに、うまく着地するのが難しい場合もあるかもしれません。

横山さん:これまでカドベヤに参加していた人のなかで3人の方が亡くなりました。その内の1人の方は自死でしたが、その方が最後にカドベヤに来た時は、手紙を書くワークショップを行ったんです。その方が書いた手紙が後日、私に届きました。感謝を述べるようなものではなく、今自分は本当に辛いという内容でした。その出来事をはじめとして、自分に何か出来たかもしれないと後悔することはとても多いです。中には病気で亡くなった方もいましたし、逝ってしまった方々の年齢も性別もバラバラです。だから、今ここに一緒にいても次また会えるかどうかなんて誰もわからないのだということを感じていますね。ただ、カドベヤに来てくれた人のようすが、顔を見れば何となくわかるようにもなってきました。今日は大丈夫そうだとか、様子がおかしいだとか。私がわからなくても誰かが気付いてケアしてくれることもあります。カドベヤに来ている人たちは、これまでのいろんな思いを共有しているんです。

花崎さん:参加してくれた人が亡くなったあと、「てがみ」プロジェクトでは、その人を思い出して、みんなで話すという時間をもちました。思い出を語りながら、それを紙に書いて一枚の大きな紙に貼っていくというものでした。それまで、てがみを投函するポストは地面に設置していましたが、その年のパフォーマンスでは、「地上では足りなくなってしまった」ので、青空にポストを設置しました。誰もはっきりとその人のことを言ってはいないのですが、明らかにその人のことも送っているという実感は共通していたと思います。この出来事をどういうふうに忘れず、哀悼するか考えることはとても大事だと感じています。それはこれから生きていく人たちのためでもあると思います。

横山さん:ある年、カドベヤに来ていた人が亡くなったと聞いて間もない日にカドベヤが開かれました。その日は何故かみんな異様に陽気にしていました。その様子を、その日たまたま来ていた人が「人が亡くなったのにどうしてそんなに陽気にしているんだ」と怒って帰ってしまったんです。でも、私たちにとってはそうするしかなかったのだと思います。そうすることで救われたのも事実です。今思えば、それが一緒にここで過ごした仲間を「送る」行為だったんです。悼むとか送るというのは、とても難しいものだなと感じます。それぞれに自分なりの形があるからです。そこでたとえば言葉ではなくアートとしてなら、自然に表せるという場合もあると思います。そういった意味でのアートの力は計り知れないのではないでしょうか。

―――人の生と死にとってアートがどのように役立つのかということは難しい問いです。けれども、たとえば人を送る・悼むとき、その気持ちを表したり、自分を取り戻そうとするとき、そこにアートがあることで、これから生きていくための支えに成りえるということは、確かにあるのかもしれません。

収録の様子(左:横山さん、右:花崎さん)

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